昭和43年7月17日 夜の御理解



 今日は昼の御祈念に福岡の高橋さん、こちらへお参りして来よる途中で、たいへん道の悪い所があるそうですが、こうよけよってから、田の中にこう少し入り込んだ、入りかけた。それでちょうど、そん時、そこの早道をしてくる、今、そうですが、向こう側の方をちょうど秋永先生の車が通りよったから、止めて、こちらにもお届けしてもらい、それからすぐ100メートルばかり先に、修理工場があったから、そこへ行ったところが、ちょうどまあ自動車を引き上げ用の車がそこに帰って来たばっかりのとこだったから、それですぐ頼ましてもらった。
 まあおかげで、ご祈念には間に合わなかったけれども、無事におかげを頂いておられる。ところが高橋さん、今日に限ってお金を全然持ってきてなかったって。ところが今日は弟さんの「きよあき?」さんが乗って来よった。ちょうどそれだけお金を持っておったって。で、おかげ頂きましたということがあったんですけれども。私が、2人、まあその、ご祈念の後でございましたから、お話をするんですよね。

 あのね、こういうようなお話があるよと。唐樋先生というて、たいへん霊徳にすぐれた先生がおられましたもんね。昔、よく頂いた話ですがね、近藤藤守先生といつもこう、対等に話をする方ですね。山口県の周防というね、それこそもう飛ぶ鳥を落とすようなごヒレイを頂かれたそうですし、小倉の桂先生も、一時はその先生の教えを受けられたこともあったというくらいです。
 ところがそのご晩年の頃にはね、もう(おはうちからして?)、教会にはもう閑古鳥が鳴くようになった。そういう、それをまあ見かねられた桂先生が唐樋先生を小倉の教会にお呼びになったんですね。そしてまあ、昔の恩義に応える意味で、まあ厚遇されたわけですね、大事にされたわけです。ところがちょうどその頃からですね、小倉のお広前がもう急にお参りがなくなったということ、ね。
 それがまあ、大分経ちましてから、そのことを神様にお伺いされたところがね、唐樋先生のことを頂かれたと、ね。その意味はいまいち私にも分かりませんけれども、天下に鳴り響くような徳を受けながらね、ちょうど釣鐘のような、天下にその鳴り響くような徳を受けながら、竜頭を叩く。ちょうど、あの上にこう吊り下げるところに竜の頭がこうね。あれを叩くようなことをするから、おかげにならんという、申しゃったそうですね。
 それでそのことをまあ言いにくいけれども、その話をなさったんですね、唐樋先生に。実はこういうような先生、話がありますと言うて、まあ例え話をなさった。昔、江戸に越後屋という米屋あった。それは非常にその、まあその人の主人の番頭時代っていうですかね、まあ苦労をして、自分の勤めたところで、もうあられもない、疑い、ぬれぎぬを着せられて、(ださい?)。
 そこで、一心発起、いよいよ商売を熱心にして、その越後屋というような立派な店を持たれるような、成功を修められたと。ある日その、門口にみすぼらしい老人が、いわゆる物乞いに立った。それでそこの主人が出てみると、何とそれが何十年前に自分が小僧時代に(たたき?)されたところのご主人であった。まあようも、まあどうしてこういうようなことにと言うてその話を聞くと同時に、まあとにかく、しばらく家で逗留して、まあゆっくりして行って下さいと言うて、まあ10日が20日、20日が一月、半年というように、まあ居候されることになったんです。
 ところがね、その年の春に、そこにはもう見事な庭に、梅の梅林があっておる。ところがね、その梅の花が咲かなかった。もちろんうぐいすがいつ止まることもなかった。結局もう徳をなくした者がね、徳をなくした者が家に来たばっかりに、言わばもう自然界ですね、自然界にそういうその、厳しいことが自然の植物の上にまで現れたという話をなさったそうです。
 さすがに、唐樋先生ですからね、それが分かられて、もう早速、山口に帰られた。もう帰られるのと、それこそ踵をかやすようにしてですね、どんどん人がお参りになったくるようになったのが、一緒のようだったといったようなことが、桂先生のお伝記に載っておりますね。
 それで私はそのことを、今日は高橋さん達兄弟に言うんですよね。本当にあのう、神様のおかげでですね、お取り祓いのためにおかげを下さるような場合もありゃあね、例えて言うならば「きよあき?」さん、ここんところをね、あんたが今日は、はあ自分の信心もない、徳もない者が、いや徳もないどころか、もう本当に朝から晩まで不平不足ばっかり言うておるような者が、例えばこの車に乗らせて頂いたら、もう早速こういうことが起こった。
 その印をね、例えば私はあんたから聞いて感じたことはね、あんたの持っておる持金全部がちょうどその引き上げ代、引き上げ料になったということを思った時にですね、神様がどげんかしておかげ頂かして下さろうとする働きを感ずるよと、と言うて言うたら、もう僕んところで朝から不平を言うたのは僕とお母さんだけだってこう言うわけなんですね、ね。
 ですから、結局んなら( ? )というのが、徳を受けていきよってもですね、もう徳を落としていく人はもう朝から晩まで人がすることがもう、馬鹿んごと見えたり、不平不足に見えたり、心配が絶えんのですよ。これはもう、徳をいよいよ無くしていきよる者の姿です。どんなに金満家であっても、もう徳を無くする場合にはね、腹立ったり情けなかったり、またはイライラしたり、これはもういよいよ徳を無くしていきよる姿ですよね。
 ですからお互いが信心さして頂いてですたい、本当に喜びいっぱい、どういう、こういう難儀な中にあってもお取次ぎを頂いて、日々安心のおかげを頂いていきよるということはね、そういうおかげを受けられておるというだけじゃないんです。もう徳を受けていきよる姿です、ね。
 ですからそれとは反対に、信心しながら徳積みをしながらもです、不平不足が出たりイライラしたりしよっ時にはせっかく積んでいきよる徳をまた、自分はすり減らしよったと分からして頂かなきゃならんことが分かりますよね。ならどうでんこうでん、いっちょ「きよあき?」さん、そういう不平不足を言わんですむ、ね、今日のあんたのお小遣いを、言わば全部兄さんの車のそういうことに使ったけれども、これはもう神様のおかげで、あんたをおかげ頂かせて下さろうとする働きがこういうことになって現れた。それは分からん、分からんけれども、そういうふうに頂いたら1番間違いのない、謙虚な頂き方だって言うて話したことでした。
 それを今日、分かったらしんですよね、そういうことが。話を聞く、聞きながら、本当に信心のない、徳のない者が乗ったら早速そういうことになったと。いわゆる怖い事になる寸前であった。本当に今日の昼の御理解の中にね、「天地のことは人の眼をもて、知りて知りがたきものぞ。恐るべし恐るべし」というところを、今日は説明が足りなかった。あの(とば?)に書きながら、ここんところの意味をけども沢山、書かなければならん。
 まあ大体この小さい半紙一枚に書かして頂くだけのことを、その要領だけを書かしてもらいますが、ただ、私が人の眼に、神に信じられる氏子にお育て頂かねばならんと。人の眼には、絵になくとも心の目を開けばだんだん天地のことも分かるようになると。
 いわゆる盲滅法が1番怖いという、あの恐るべし恐るべしということは、もう天地のことは人の眼を持て知りて知りがたきもの。それを盲滅法に、この世の中を歩いておる人は、言うならば盲へびに応じずといったようなものなんだ、ね。これは、ひとつ、そういうひとつの法があるんです、ね。
 いわゆるその、まあ何と申しましょうかね、何も知らんなりに行くと心に不安がないわけですね、知らんなりですから。ですからそれがおかげをキャッチする基になることがあるのです。いや、それで続けておる人があるです。はあ、あげなやり方、商売のやり方しよってようもひっかからんこっちゃと。ようもあれで繁盛しよるけんの、信心がなかったっちゃというなのが、例があります。
 けれども天網恢恢、疎にせず、それこそ漏らさずである。ね。大きな落とし穴に必ずはまる時がくるです、そういうのは。だから結局は最後に恐るべし恐るべしと言うて、この恐るべし恐るべしと結んでおられるところです、ね。そこでんならここんところを、徳を受けて、やはり盲滅法じゃないけれども、滅法界に住むことができる、ね。
 ここんところを、まあ何て言うでしょうかね、桃源郷にするというような言葉があります、ね。また、次元の違った人が住む世界と言うても良かです。いわゆるお徳を受けた人の世界なんです、ね。そこには、いわゆる法を滅する世界。例えばこげんしてこげんすりゃあ、罰かぶるといったような法則があってもですね、いわゆるもう桃源郷に住んだ人。徳の世界に住んだ人は、それがね、それを犯しても犯したことにならないような、いわゆる滅法上等とか、滅法素晴らしいとかといったようにですね、法を滅した世界というのがある、ね。
 そういう世界に住んでの滅法界は、これはいわゆる桃源郷である。暑いもなからなければ寒いもない、ね。必要なものは必要に応じて、望めば望んだものがそこに頂けれるような世界。それを徳の世界、ね。滅法界に住む、いわゆる桃源郷である。「盲、蛇に応ぜず」と言うけれどもね、盲滅法は案外素晴らしいこともできるけれども、大きな落とし穴に気付かん、だから恐るべし恐るべしである。
 これは今日の昼の御理解の、説明していなかったところを、まあ話したんですけれどもね、お互いがそういう、まあ滅法戒律がなくてもですね、少しは次元の違った世界に住ましてもらう。いわゆる信心のある者とない者のものの見方考え方ぐらいは変わるところのおかげを頂くとですたい、いわゆる不平不足を言わなければならない時でも、有り難いということになり、不平不足を言わんですむようになり、せっかくこうやって徳を積んでおるところの徳を磨り減らさんですむところまではおかげは頂きたい、ね。
 「きよあき」さんじゃないけれども、ね、朝から晩まで不平不足を言うとか、出る時には、もういよいよ徳が切れておる印だと悟らしてもらって、いよいよ徳を積ましてもらう、おかげになっていかなきゃならんということになりますですね、どうぞ。



明渡真